私と鍼麻酔、そしてPica-Pau療法

座右の銘、福沢諭吉の学問のすゝめが、私を支えてくれた。

"勉強しろ!しかも食える勉強をしろ!

そしてこれだと思ったら一生つらぬけ!諦めるな!"

ポルトガルで医師になった。

東大の麻酔科に留学できた。

10年間勉強した。

そして鍼が、麻酔薬の代わりにならないか、研究を始めた。

そして考案した。Pica-Pau(ピカパウ)療法だ。

土屋ペインクリニックを作り、サンルイス病院の放射線科の麻酔局長になった。

親友のDr. Prof. ピシコ放射線科局長・副院長とともに100名以上の麻酔アレルギーや心臓病患者、その他の患者に対して電気鍼を行った。高周波、低周波を交え、すべて成功した。

2015年世界放射線リスボン学会の時、スペシャルゲストとして呼ばれ、麻酔手術を行った。その時の鍼麻酔の時間は2時間だった。

あとで気づいたことだったが、招待教授はケンブリッジ大学病院教授30名、コーネル大学教授20名、スタンフォード大学数名もいた。

Dr.ピシコは手術中に説明を長くしてしまうので、困った事態になった。

麻酔が切れてしまったのだ。

すぐに5Hz - 40Hzにして元の状態に戻したが、今度は患者が喉が渇いてしまって水を催促した。

すぐさまガーゼで水を与えた。

教授たちは、手術中に水を与えるのはどうなのか?と言い出したが、鍼麻酔では構わないという説明をした。

あとでDr.ピシコが本当に構わないのか、と聞いてきたが私には自信があった。

すべてうまくいった。

手術室は素晴らしい拍手で終わった。

そこにTVカメラが回っていたのも気づかずにいた。これらはヨーロッパに放映されたそうである。

 

鍼麻酔は2時間の新記録を樹立し、大成功を収めた。

 

Dr. ピシコと抱き合って喜んだ。今でも記憶に生々しい。

こうして、鍼麻酔治療法「Pica-Pau」は完成したのである。

土屋光春
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